金光教とは

金光教の信仰


金光教は、「取次(とりつぎ)」を通して、神と人、人と人、人と万物が「あいよかけよ」で共に助かり立ち行く世界の実現をめざす宗教です。

 

「あいよかけよ」とは、神と人とのあるべき関わりを示した言葉で、人は神の願いを受け、真実な生き方を求めて立ち行くことになり、神もまた、人の真実な生き方によって、その働きを人の世に現すことができ、神も助かるということを表しています。

 

神と人との「あいよかけよ」を基本にして、人と人、人と万物との間にも、同様の「あいよかけよ」が成り立ちます。人間の助かりをどこまでも願われる神様のお働きに気づき、日常生活の中で、神様とともに生き、身をもって神様のお働きを現していく生き方を、金光教では日々求めています。

「金光教( こんこうきょう )」の名称の由来


「金光(こんこう)とは金光(きんひか)るということ。世界中へ金乃神(かねのかみ)の光を光らせておかげを受けさせる」 と教祖金光大神(こんこうだいじん)様は言われました。教祖金光大神様は、神様の願いに添って、世界中に この光を届け人類の苦難を救おうとされたのです。

ご本部「生神金光大神大祭」
ご本部「生神金光大神大祭」
ご本部祭場
ご本部祭場

天地金乃神


 山から流れ出る水は、川となり、やがて海に集まり、日の光を受けて蒸発し、雲となり雨となって、また山に降り注ぎます。しかし私たちは、このメカニズムひとつ作れません。

 

また、科学の進歩は、遺伝子レベルで人間のいのちまでも操作するようになりましたが、いのちそのものを生み出すことはできません。人間は人間だけの力で生きているのではなく、大いなる天地のいのちに生かされて生きているのです。

 

 このように、人間をはじめ、あらゆるものを生かし育てようとする天地のいのちを私たちは「天地金乃神」様とお呼びしています。

 天地金乃神様は、人間と離れた所から、すべてを支配するのでなく、どこまでも私たちと深くかかわり合い、私たち一人ひとりの助かりを願ってくださっています。


金光教祖は神と人間の関係を、「人間あっての神、神あっての人間」と教えられました。人間は、神様の恵みの中に生かされて生きており、神様も、人間をとおして生きた働きを現されるのです。神と人との、このような関係を、金光教では「あいよかけよ」といいます。

教祖 生神金光大神


 金光教の教祖は、1814(文化11)年、現在の岡山県金光町に農家の次男として生まれました。幼少の頃から信仰心が厚く、何事にも実意を尽くされましたが、家族を次々と亡くし、教祖自身も42歳の時に生死をさまよう大病をします。

 

病床の中、さまざまな思いを捨て、天地に身を任せた時、「天地金乃神」と出会い、神の心を知り、九死に一生を得たのでした。そこから、教祖独自の信仰が始まります。

 

1859(安政6)年、教祖は天地金乃神様から、「難儀な氏子を取り次ぎ助けてやってくれ」との頼みを受けられ、そして、農業をやめ、人々の願いを神に祈り、神の願いを人々に伝える「取次(とりつぎ)」に専念されるようになったのです。


 その後、天地金乃神様は教祖に「生神金光大神」という神号(神からの呼称)を与えられました。この「生神」ということについて、教祖は人々に、「生神とは神が生まれることであり、難儀な人を助ける時、そこに神が生まれるのである。だれでも生神の働きを現すことができる」と教えられました。

塀沿いの風景
塀沿いの風景
立教聖場
立教聖場